本日は教育書についての記事です。『教室マルトリートメント』という本です。この「マルトリートメント」という言葉、私はあまり聞いたことがありませんでした。
一度だけ、「叱る依存が止まらない」という本に「マルトリートメント」の記述があって初めて知りました。以前の記事を貼っておくので、よろしければお読みください。
『〈叱る依存〉がとまらない』叱る依存に陥らないための4つのポイント
「マルトリートメント」とは「不適切な関わり」のことを指します。となると「教室マルトリートメント」とはどんな関わりなのか。気になる部分を以下に引用します。
例えば、ネグレクトに類似したかかわりについては以下のようなものが考えられます。
・励ましや称賛などをしない
・支援が必要な子の合理的配慮を行わない。
また、心理的虐待に類似したかかわりについては、以下のようなものが考えられます。
・力で抑える始動
・子供が自信をなくすような強い叱責
『教室マルトリートメント』より
どうでしょう。学校で体罰やセクハラなんてあり得ない!ということは当たり前であっても、「教室マルトリートメント」は実は気づいていないだけであり得ることなのではないかと思いました。
力や圧で制圧するような指導をしてしまっているなということを感じることがあります。ただ、今のシステム上やらざるを得ないと言ったこともあるのではないかと一方で感じています。
だからこそ、「教室マルトリートメント」に陥らないためにどんなマインドでいれば良いのか、本書から私が大切だと思うことを三つにまとめましたので参考になれば幸いです。
1不穏・興奮場面への対応の基本方針
まず、その子が「落ち着いた状態」にある時は、見守りを基本とします。ただ、落ち着いて見える時に、周囲が頑張らせて過ぎてしまうと「不穏」状態に入る子どももいるので、時間を絞った活動参加を試みるようにします。
次に、他児とのトラブルや挑発、子どもの要求が通らない、急な予定変更などで「不穏(イライラする様子)」な状態に入った場合は、とにかく火に油を注がないような指導を心がけます。
そうは言っても、興奮状態(破壊や暴力)に至る場合があります。(中略)その場合は、興奮を持続させないことが対応の基本になります。
「教室マルトリートメント」より
この構造というかシステムを最近はとても活用しています。この構造は、本書に図が載っているので、よければ本書を読んでいただけると非常にわかりやすいです。
私の経験を踏まえた理解を書いてみます。まずは、支援が必要な子は基本的には様子を見ます。その際、本書にもあるように本人の限界を超えた課題や本人の希望通りいかないことがあると不穏状態になります。
不穏状態は、あまり見えない子とはっきりと表情や態度に出る子がいます。そして支援が必要な子はそのまま静観しているとそのうち興奮状態に入る子が多いです。
興奮状態に入ってしまうと全てが悪手になってしまうので、クールダウンするまでは声をかけないようにしています。
個人的に大切にしていることは、子どもの実態に合わせて学習や生活環境を整えるということです。やはり、みんな一斉に同じことをやるということは、支援が必要な子にとっては本当にきついことだと今はよくわかります。
だからこそまずは、児童によって環境調整をして、不穏状態に入らないようにすることです。
環境調整をしても、友達とのトラブルで不穏状態になることは、ほぼほぼ毎日あるわけです。そんな時は、基本的には話題を変えたり、受け流したりすることが大切だと考えています。
これで、イライラした気持ち変化し落ち着いた状態に戻るというのが私の現在の経験から踏まえた指導スタイルです。今が比較的良い状態なので、みなさんの参考になればと思います。
2校内研究の見直しから考える
研究とは、そもそも対象となる子どもをより深く理解するため、あるいは教師による教授行動をより高めるために行われるものであって「相手を変える」ために行われるものではないからです。
人が変わるには、何が必要でしょうか。それは、問題を「自分事」として受け止め、確実に自分(たち)の手で変えていけるものから着手し、自ら「変えた」という実感をもつことです。
その第一歩が、校内研究テーマの見直しです。ここから、成功モデルにとらわれがちな学校のあり方に迫ることができるのではないかと思います。
子どもを変えようとするとかなりのエネルギーが必要になります。そこで、変わるのは自分自身ということになります。
校内研究に「〇〇な児童の育成」というテーマを設定している学校が多いですが、本書を読んで教師も子どももお互い辛くなっているなと今タイムリーに感じています笑
だからこそ、教師のための研究を主眼においていく必要があると考えます。他校の教師が、その学校の実践を見て、「やってみたい」と思えることが大切なのではないでしょうか。
研究起用や、学習マニュアルを作成することが目的になると本当にしんどいです。1年で子どもの主体性や態度が変化することはないと思います。
去年は、一人一台端末の研究をしました。これはどちらかというと、教員の活用に向けた実践でした。結果として、子どもたちのため、教師のための実践になったと私は思っています。
これを分析すると、やはり「自分事」として捉えることが大切だと思いました。一人一台端末をどのように子どもたちの日々の指導につなげていくか。
初めてのことで誰一人わかっていなかったからこそ、全員が活用を「自分事」として捉え、研究が深まっていったと思われます。
成功することが目標ではなく、失敗してもいいから少しづつ変化していくことが大切なのだと上の引用から感じました。
3「子どものもがきの代弁者」になる
小澤竹俊(2019)『折れない心を育てるいのちの授業』を参考にすると、①相手の伝えたいことをキャッチし、②相手が伝えたかったことを言葉にして、③返すというプロセス(図19)を繰り返すことで、相手は「自分の気持ちの代弁者」として認めてくれるようになります。この繰り返しのループこそが、信頼関係構築の出発点なのではないでしょうか。
子どもの心に目を向けて丁寧なやりとりを繰り返し、子どもたちの内面世界の代弁者になれる教師がもっともっと学校現場に増えていけば、学校は必ずマルトリートメント的状況から抜け出せると強く信じています。
「教室マルトリートメント」より
これもとても大切な事です。子供を支配するために教師から一方的に発信するのをやめ、子どもの発信に耳を傾けていく。そしてそれを言語化することで信頼関係を構築していく。
教育に対して大切なのは、内容よりも子供との信頼関係なのだなと最近改めて気付かされます。「何を教えるかより誰が教えるか」そんなような言葉を聞いたことがありますが、確かに一理あります。
どんなに良い実践でも、子どもとの信頼関係がなければ子どもの耳に入ることはなかなかありません。信頼圏を築くために必要なことは、子どもの言葉に耳を傾け思いを共有し代弁することです。
最近色々な場面で感じていますが、「子ども主体」の教育システムにしていくことが必要だと。学習もそうですし、生活でもそうです。
教師が前に立って一方的に指導することが、もう当たり前ではないということを最近如実に感じているので、そろそろ教育界に革命を起こしていきます。
以上が、『教室マルトリートメント』にならないための3つの視点になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。