今回は、スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学の卒業式のスピーチから学んだことをお話します。
ちなみに前回の記事は以下に貼っておきます。よかったら読んでみてください。
スピーチの構成は3つに別れていますが、私が最も感銘を受けたのが3つ目の「死について」の部分です。
ジョブズは膵臓ガンにかかっていて、余命を3カ月から半年と宣告されていたそうです。その経験からジョブズは様々なことを考えたそうです。
先日読んだ本から、スピーチの一部を引用します。
時間は限られています。他人の人生を歩んで時間を無駄にしないでください。世間の常識にとらわれないでください。それは、他の人々の考えに従って生きることに等しいのですから。周りの意見に惑わされ、自分の内なる声を見失わないでください。
スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼンより
自分の死に直面すると、本当に大切のなものがわかるのではないかと思います。私も、ジョブズのように自分の内なる声を見失わないように努めていますが、他人の人生を歩んでいるなあと思うこともあります。
ということは、自分が死ぬという意識が足りないというか、なんとなく生きているのかなとも感じています。
怪我をすると健康であることのありがたみを実感できます。ですが、死は一度きりで次はないから死を意識することは難しいと考えます。
私は、2回ほど死にかけたことがあります。
1回目は、大学生の頃北海道に行って授業を受けていたときです。私は、大学で環境教育を専攻していました。自然観察の授業で、沢登りのようなことをしていました。
滝に向かって岩山を登っていると、途中で足を滑らせてしまい3メートルくらい落下してしまいました。その際、これが走馬灯かと思うような思い出が蘇ってきました。
結局、落ちた先が川の深いところだったので大丈夫だったのですが、浅いところであったり岩場であったりしたら間違いなく死んでいました。
2回目は、同じく大学生の時。今度は、一人で冬山登山に初チャレンジしました。ちょうど東京に初雪が降り、かなりの積雪量を記録しました。
今思えばかなり危ないチャレンジでしたが、当時はそこまで考えずに登ってしまいました。
登ったのは、奥多摩にある川乗山です。氷瀑といって凍っている滝が見たかったのです。雪道の中足にアイゼンという滑り止めをつけて登りました。氷瀑は途中にありました。
普段勢いがある滝が、静かにそこにいる姿を見て感動と怖さを同時に味わったのを今でもよく覚えています。
それを見たあとに細い山道を登った時に、3メートルほど雪で足場が見えず滑落してしまいました。走馬灯は見えませんでしたが、生きるのに必死だったことは覚えています。
このような体験をして、少しは死を思うきっかけになりました。しかし、大切なのは今日が最後の日でも良いようにすること。つまり、死んで後悔しないためにどう生きるかを考え続けることが大切です。
みなさんは、余命を宣告されたらまず何をするでしょうか。次のブログでは、そのことをテーマにしていきます。
以上が、ジョブズのスピーチから学んだことでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。